生きづらさを感じてきたHSPの私 ~視点を変えればすべてが新境地~ 第8章-2




 

前章: 生きづらさを感じてきたHSPの私 ~視点を変えればすべてが新境地~ 第8章-1

 

記事 第8章-2  ~目次~

8.とどめのパワハラ

8-2
・週末、家族と実家と
・組織拡大へのこだわりとできるしくみ
・育成担当リーダーたちの協力と助け

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8.とどめのパワハラ

8-2

・週末、家族と実家と

故郷の近くになり、実家には週末に帰ることもできる。
それは嬉しい。
家族に会いに自宅に帰るのはどうしようか。頭を抱えました。
本当は毎週でも会いたい。
でも交通費や時間的なこと、体力的なことも考えると毎週とはいかない。

 

週末、土日はその拠点長は完全に拠点には来ません。
やっと離れられる日。

ただし基本的には土曜日は休日ですが働く職員もいるため、拠点を開けるのが通例。
私にとっては週末だけが息継ぎの時間。朝から起きてスーツを着る。苦痛でしかたないことです。
私はひと時でも会社に関係する人や場所から離れていたいのです。

夕方になってもダラダラいる職員がいるとイライラします。時間を奪われている気分。早く出たいのに。
会社を閉めて出てからは急いで帰る。私服に着替え、すぐに家を出ます。
故郷の実家へ向かうためです。2時間以上かけて車で走ります。
土曜日に会社に出る日は家族に会いに帰るのは諦めて実家に行くことにしました。

 

学生時代、親元で暮らすのは窮屈に感じていました。堅苦しい親の元から離れて早く一人暮らしがしたい、独立したいと思っていました。
それが滅多に実家に帰れないとなると懐かしい温かい場所に様変わり。
パワハラが顕著になってくると益々心の逃げ場になりました。

両親とも80才も目前。老いてきているのがハッキリ分かる。
父も70才を前に脳卒中で倒れて以降、杖をついてよぼよぼ。後ろ姿に力がなく、昔より小さく見えました。
何とも寂しい気持ちになったのを覚えています。
ずっと遠く会えず、年に1~2度、それも数日見るだけだった両親に会える。安心しました。

日曜日には足の悪くなった父をドライブに連れ出しました。
日頃、家から出ることもままならない父は喜んでくれました。ちょっとした親孝行のつもり。
私自身も心安らぐひと時でした。

 

会いたくてしかたなかった家族の元に帰るのは月に1~2回がやっとでした。

帰るには往復JRの新幹線と特急ではお金がもたない。
行きは普通列車と高速バスの乗り継ぎです。
少しでも長く家族といたいので土曜日も会社に行かず、リーダーに会社の開け閉めを頼んでいました。
拠点長には内緒です。そんなことを事前に言ったら何を言われるか分からないから。

帰る日は早朝4時台に起床。普通列車で京都駅に行き、そこから高速バスに乗り換えです。
昼頃に現地に着。そこからまだ鉄道に乗り換えです。
8時間以上かけての大移動です。

金曜日の夜は拠点長から電話でもぎゃんぎゃんやられ、どうなってしまうのか分らないような精神状態で居酒屋に駆け込み、遅くからやけ酒。就寝も遅くなる。
早く寝ればいいのに、どうしても一人の時間をとらないと落ち着けない。
そんな状態で超寝不足のまま早朝に起きるのはかなり辛いことでした。
それでも家族に会いたい一心です。
その時は妻ともやり直したい一心です。

 

その道中で何度も涙したことがあります。自然にあふれます。
いったい自分は何をしてるんだろうか。虚しさがこみ上げてくる。寂しさがこみ上げてくる。

平日の長時間労働。強烈なパワハラ。拠点では私の心の居場所が奪われていく。
会社に行くのが嫌でしょうがない。怖くて怖くてしょうがない。

家庭は家庭で居場所がない。
崩壊寸前なのか崩壊してしまっているのか。会いたくて帰る。元通りの仲に戻したくて帰る。でも帰ってもほとんど無視。
妻との溝を埋めることすらできない。無力感。意気地なし。帰るのはある意味空しい時でもありました。

行き詰まった人生。何もかも上手くいかない。
常に不安と憂鬱な気持ちを抱き、生きづらさに悶えている。
空虚な気持ち。

 

家族に会えた。今日は楽しく過ごせるだろうか。何か進展はあるだろうか。
そんな期待もしながらあっという間に夜が来て子供たちとの団らんの時間が過ぎていく。
子供や妻たちが寝てから一人一杯ちびちびやる。嬉しさとあっという間の過ぎ去る時間に空しさと。
何とも言えない時間。

翌日の朝からも子供の野球の練習です。

遠路はるばる行ってよその親に神経使って、妻に神経使って…。
夕方を待たずに帰らないといけません。
その時の心境、寂しさのすさまじさ。後ろ髪を引っ張られる気持ち。
子供もまだ楽しそうに練習している。その最中に離れていく辛さ。
また違う世界に旅立つような気分。
帰れば嫌でしょうがない現実が待ち受けています。

 

・組織拡大へのこだわりとできるしくみ

実家や家族の元から赴任先の自宅に帰り着く。もう月曜の会社のことで心臓はバクバク。
やることも山ほど抱えている。そして拠点長にまた何をされるのか。たまらなく不安と憂鬱さが襲ってくる。
そして寝ようが寝まいが、冷酷にも月曜の朝は確実にやってくるのです。

月曜の朝。拠点の事務所は建物の2階。拠点長が出勤してくると1階の駐車場で車をまわす独特の音が聞こえてきます。ビンテージもののベンツです。
「来たっ!」心臓が益々バクバクする瞬間です。今日は何をされるのか。また長い1日が始まる瞬間です。

 

その拠点長は朝礼でもほとんど話さない。無口。朝礼は私が仕切る。
その間、パソコンで興味のあるバイクのサイトを見ている。
時折、ギロッと職員を見渡している。おそらく変化のある職員を探っているのか。

その拠点長は細かな仕事は知らない。全くしない。
でもこだわっている方針がありました。
その拠点長の拠点経営の柱は「組織拡大」。世間でいうリクルート。
新人をとにかく毎月コンスタントに増やすこと。増員。
拠点長は企業訪問等一切しません。すべて私にさせる。
すべて自分が直接動かずに、職員を増やして拠点の年間売上目標額をやり切ろうという戦法です。
また在籍が増えれば自身の評価が上がり、給与も増える。実に狡猾です。要はセコい。

生保業界大手の販売チャネルは営業職員の対面販売。
大量に雇用して人海戦術で対面販売していくスタイル。

新人候補は一般の主婦層がターゲットです。でも増員は難しい。自ら働きたいと応募してくることはまれな業種です。
なので、ほとんど営業職員からの紹介です。
その紹介も、たまたま職を探している人に出会ってということもあれば、長年口説いてようやく来てくれるってこともあります。簡単ではない。
拠点の雰囲気もいい状態でないと、なかなか職員もその気になってくれません。

 

毎月新人の募集があります。
育成担当リーダーは新人の増員も任務の一つです。
そこで多くの拠点長は、育成担当リーダーと協力し、イベントを開催したり、推進してくれる委員を任命したり、職員の声掛け一斉行動の日を設けたり、貢献者への贈呈品を用意したり…、様々職員が動いてくれるよう工夫をします。
それでも毎月できるとは限りません。何カ月も誰も来ない時期もあります。

その拠点長はその拠点担当2年目。
私の着任前の前年度から毎月ほとんどコンスタントに増員していました。
私の着任と同時に新たな育成担当リーダーを2人も任命していました。
新人職員が増えたからです。

 

どうやってやっているのか。
しくみを作ってしまっていました。
各チームから増員推進委員を拠点長が任命。推進委員会を作る。全チーム1人、総勢8人。
ベテラン勢のリーダー4人が順に代表に就任。お鉢が回ってきたリーダーは戦々恐々としています。

その後、就任歓迎の夕食会開催。
1人ずつに何千円かの手当を渡す。これで囲い込み完了です。

普通はこれではとてもその気にまではなりません。形だけです。
その拠点長は「恐ろしさ」がある。何がなんだか分からないけど、みんなが脅威を感じる「恐ろしさ」がある。
逃げられない「恐ろしさ」がある。

そして朝礼で1人ずつ決意発表させるのです。普通なら形式的なことをペラペラ話して終わりですが、その拠点長の前では本当の決意表明です。本気度が違う。みんな怖いから恐る恐る話す。

拠点長の面談につなげるために占いなどのイベントを企画開催。委員会主導です。
推進委員会で毎夕にミーティングし、イベントへの呼び込みや新人増員確定の確認をします。
イベントへは全チームが複数名の呼び込みが必須。

イベント当日、拠点長が順に面談します。
拠点長の面談した候補には翌日紹介者と育成担当リーダーで「花」を届けさせます。

本来は2人以上の増員を求められていますが、1人以上増員決定で翌月は委員全員交代できる、できなければ継続。
育成担当リーダーは自分たちも経費を拠出させられ、委員会に毎月参加します。
チーム員が増えることは育成担当リーダーにとっては任務であり、給与の元になるという理屈です。
だから拠点からの経費の拠出はほとんどないのです。実に狡猾です。要はケチ。

 

推進委員だとかをやっている拠点は他にもあります。
ただ、その拠点長がすごいのは「逃げられない形」を作ってしまい、そこにその拠点長の「恐怖」が半端ないプレッシャーを創り出していることでした。
イベントに呼び込めないなんてありえない。増員決定が出ないなんてありえない。
万一そんなことになったら代表リーダーは恥。拠点に居てられないくらいのプレッシャーがかかります。

夕方のミーティングはみんな必死でした。イベント参加者がないと、その場で片っ端に電話を掛けたり周りの職員に頼みに歩いたり。リーダーも青ざめている。

その拠点長が怒鳴ったりする訳ではない。
ただ代表のリーダーや育成担当リーダー、その時々で拠点長の自席に呼ばれ「どうなんだ、ん?」と促されたりするだけ。「まさかできないことはないだろうけど、遅くないか、ん?」。
でも呼ばれた人間は震え上がる。
その拠点長の内に秘めた本物の凶暴さや執拗な心理操作の怖さをみんな肌で感じているのです。

 

・育成担当リーダーたちの協力と助け

みんなビビッている。とは言え、最終的に生贄になるのは私一人。
自席に呼びつけられて怒鳴られる姿を職員に見せつけられる。
朝礼で批判されて居場所を失くしていく。

育成担当リーダーは4人。彼女らには私とはアプローチのしかたが違う。優しいのです。
育成担当リーダーにムリを指示する役割は私に押し付けてきます。
もっとプレッシャーをかけるように促される。
でも彼女らも拠点長からのプレッシャーは間接的にでも半端なく感じています。

筆頭リーダーは温厚で上品な人。拠点長は人をよく見ている。筆頭リーダーは立てる。
リーダーは立てられることで返ってプレッシャーを感じ取っています。
立てられながらも無理難題を言われている。

新人リーダー2人は個別に食事に連れられたり、自席で懇々と持論を語られ、洗脳され、型にはめられていく。
言われるままに動かざるを得ない環境が作り上げられる。

もう一人のリーダーは美人系。拠点長自身の女にされかけ、上手く逃げたのがキッカケでいじめの対象になりました。朝礼で私のように批判される。厳しい要求を直接される。次第に彼女も病んでいきました。

私にはその拠点長のような怖さもなければ、実際に脅すような芸当も持ち合わせていません。「舐められてはいけない」という意識も持って拠点長をしてきました。でも私にはムリなことだと改めて悟りました。

その拠点長から育成担当リーダーにプレッシャーをもっともっとかけるよう脅される。

私はプレッシャーをかけるのではなく、相談やお願いといった形で話していました。
それもおそらく見透かした上で私に指示していたのだとは思います。

 

その拠点長の組織拡大へのこだわりは半端ないレベルでした。

その拠点長は新人候補の面談で大物のように現れ、ゆったりイスに座り、ボソボソと低い声でほぼワンパターンの話をします。そして決め台詞は「一度やってみられたらいい」。で、去っていく。余韻を残すのでしょう。
決してしつこく推したりしません。でもだいたいのメボシはついているようです。
そんな怖い拠点長でも身なりは紳士。丁寧な言葉で話されると候補もその気になるのでしょうか。
けっこう有力候補に昇格していきます。
そして「花」を届けさせ、つなげていく。ただそこまででは毎月コンスタントに増員はできないでしょう。
推進代表リーダーも育成担当リーダーも必死です。
何とか増員確定につなげないとヤバいと血眼になるのです。そうして本当につながっていく。

 

ある月、来てくれそうだった新人候補が急きょ来られなくなりました。
私たちのせいで来られなくなったのではありません。新人候補の都合です。
その報告を育成担当リーダーから聞いた時、恐怖が全身を駆け巡りました。
拠点長に報告するのが怖いからです。できれば代わりに行ってはもらえないかとも思いました。
恐る恐る報告すると、睨みつけられ「どう落とし前つけるんだ、ん?」と。
震え上がりました。「落とし前?」ヤクザか、チンピラか。指をつめろとでも言うのか。

ちゃんとした上司なら一緒に困ってくれて、次の指示をくれる。
その拠点長は「許さない」のです。絶対です。結果を持ってこいってことです。
他の候補を急きょ手分けして当たりにいったのを覚えています。

 

またある月は、来ることになった新人候補が1カ月延びることになってしまいました。
その候補は生活がかかっています。
その拠点長は新人や新人候補には紳士的。
「かわいそうになあ、心配しなくても大丈夫だ」と話しています。
何が「大丈夫」なんだろうか。
その後、私は自席に呼ばれました。
その来ることが延びた新人候補に1カ月間分の給与を払ってやれというのです。
もちろん自腹で。内心は「何を言ってるんや、このおっさんは。アホか」と思いました。
でも怖い。
恐る恐るそんなゆとりはないというと、激怒し始めました。
取りつく島もなくリーダーたちに言われたまま話しました。
普通に考えて給与を払う義理もへったくれもない。
完全なパワハラです。いや、脅迫です。
でも歯向かえる人は誰もいません。どうするのか。

筆頭リーダーが「私たち5人で割りましょう」と言い出しました。
払わされることは理不尽に思っていても、この提案は助かりました。
給与全額ではなかったけれど、カンパという形で払いました。相手は普通に受け取りました。
で、結局その候補の人、翌月も来なかったのです。愕然としました。

その拠点長は私一人で給与を支払わなかったことが気に食わなかったようです。
執拗に、なぜ自分一人で支払わなかったのかと詰問を受けました。
育成担当リーダーにはいい顔をしていたかったからでしょう。
「責任者の自分が支払えばええやないか。3倍近くは年収があるはずやのに」と内心は煮えくり返っていました。
でも言えない。怖い。何をされるか分からない。
その執拗さにノイローゼ状態になってきます。

敵は拠点長。
こうして育成担当リーダーは私にとって「同じ釜の飯を食う仲間」。結束していきました。

 

 

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